第4回は,「予備校講師④」です。
今回は,予備校講師の「呼称」に迫ります。
予備校講師の呼称というと,「○○先生」と呼ぶのが一般的かと思います。ほかには「○○講師」,駿台予備校などでは「○○師」という場合もあります。珍しいものとしては「○○T」ですかね。
さて,一般的な呼称である「○○先生」とよばれることに,今の多くの予備校講師はとくに違和感をもっていないと思われますが,わたくしは「先生」などという呼称ではあまり呼ばれたくないと思っています。
まず,「先生」ということばがもつイメージ。いかにもヤボったく俗っぽい小・中・高校などの公務員教諭を連想させます。
また,「先生」という文字をみても敬意がはらわれるような対象ではありません。生物学的観点から,“先”に“生”きるヒトが,“後”に“生”きるヒトより敬意がはらわれるというのは理にかなっていないためです。
そして,何といっても,日本の社会で「先生」と呼ばれる職業に就いているヒトって,一部を除けば,ろくでもない人間ばかり。国会議員や地方議員などの政治家を筆頭に,日教組の公務員教諭,左翼弁護士,医師に向いていない医師,近年なぜか巷にあふれているコンサルタントなるヒト,宗教家,占い師などが好例です。
もうひとつに,「先生,先生と呼ぶヤツに,先生と言われるほどバカはなし」という格言があるように,「先生」と呼ぶほうの人間は,「先生」と呼ばれるほうの人間を,どこか蔑んで嘲笑する対象としてみています。
さて,ここまで書き綴ってきましたが,
大切なことを忘れていました!!
そうなんです。「予備校講師」というのは,奇人変人のろくでもない人間ばかりでした!
「先生」ということばのなかに尊敬の対象としての敬意が少しでも含まれているとするならば,
多くの予備校講師は自分が奇人変人の非常識人間という自覚がないため,「先生」と呼ばれることに違和感をもたないのです。それに対して,わたくしが「先生」と呼ばれることに違和感をもつのは,業界の“良識人”,まともな人間であることの証明です。
「先生」などと呼ばれて,少しでも尊敬の対象となるような人間では,予備校講師としてはよい仕事ができません。
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