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おはようございます。

ホテルのレストランで朝食です。
簡易なビュッフェと,
オリジナルのハンバーガー🍔を,自分でつくることができるということで,
つくってみましたが,
こういうのって,やはり野菜を入れないと映えないですね。

今日もJR山陽本線を西に向かいます。

車窓から瀬戸内海に浮かぶ厳島(宮島)が見えます。

列車内は通勤・通学客で混雑しています。
外人相手の観光業なんかとは異なり,やはり製造業が立地する街は活気があります。
瀬戸内工業地域です。

岩国駅で「錦川鉄道」に直通するJR岩徳線に乗り換えます。

2両編成の車両は,ほぼ貸切状態で岩国駅を出発。
転換クロスシートのヘッドレストには,沿線の見どころなどが記された「路線図」がプリントされており,観光客にはとても役に立ちます。
折りたたみ式のテーブルも備わっています。

列車は錦川を渡って,川西駅へ。
ここでJR岩徳線から分岐し,錦川鉄道の路線へ入ります。

錦川鉄道錦川清流線は,名称のとおり「錦川」に沿って走ってゆきます。
車窓風景の見どころスポットでは,列車はスローダウンしてくれます。

最近,雨がほとんど降っていないためか,滝に水がほとんど流れていませんね。

途中からは完全貸切列車,岩国駅から1時間強で,終着駅の錦町駅に到着!
1月後半の平日ということもあり,鉄オタの同業者がいないのがうれしいです。
ローカル線の終着駅の雰囲気を,独占して贅沢に堪能することが出来ます!!

つづく。

「鉄道は乗ってるだけでどこでも行ける。」
日本の鉄道,全線全駅完全乗下車を達成した鉄道界のカリスマである横見浩彦先生の言葉です。

先日,腰を負傷しましたが,
痛みがあるものの,いつもの半分程度の速度,すなわちふつうのヒトの速度で歩けるまでに回復してきましたので,乗ってるだけでどこでも行ける鉄道に,迷わず乗り込みました!

2月初頭からはじまる私立大学入試までは急ぎの仕事はなく,
なんといっても,日中関係が良好であることからチャイニーズ観光客が激減しており,旅に出るのには絶好のチャンスということで。

行き先は決めずに,さしあたり寒いため,西へ向かいます。
腰の負傷もあるため,いつものようなハードスケジュールは避けて,今回は欲張らずに「乗ってるだけ」プラスアルファの旅にしようと思います。

さて,まずは,
かねてより普及に努めている“鉄ヲタ”新ジャンルの「麺鉄」から。

本日,最初は,駅そばの名店「山陽そば」明石店へ。
山陽電鉄のグループ会社が運営していますが,近年は店舗数が減少し,3店舗のみとなっています。

「山陽そば」名物の「ぼっかけそば」をいただきます!
甘辛の牛スジ肉と,昆布とカツオ風味が効いた関西のお出汁との組合わせは最強です!

JR山陽本線を西へ向かい,姫路駅にて途中下車。
お城にはあまり興味がありませんので,世界文化遺産の姫路城は外観のみを眺めます。

講師室に質問に来る受講生とは,大学受験のことだけではなくさまざまな雑談をします。そんななかで,地元住民しか知らない知見を得ることもしばしばです。

「都市・村落」分野の講義では,城下町にみられる“一般的な”防御機能について解説します。
数年前,姫路から大阪まで通学している受講生に,姫路の城下町に存在する「のこぎり横丁」の話を聞いて,一度,実際に現地に行って見てみたいと思っていました。

左側の建物の敷地と道路の境界線が,“のこぎり状”になっているのがわかると思います。
出っ張りで見えなくなったところに身を隠して敵を待ち伏せするためにつくられたといわれています。

こちらは城下町ではおなじみの寺社地。
通りにはずらりとお寺が並んでいます。城下町の要塞として防御機能などの役割をもちます。

姫路駅からは岡山駅までは,山陽新幹線に乗ってワープ!
次に乗車する予定の列車まで少し待ち時間があるため途中下車します。

2015年,予備校業界を揺るがす「代ゼミショック」とよばれる出来事がありました。三大予備校の一角をなす「代々木ゼミナール」が,全国の校舎の約7割にあたる20校舎を一気に閉鎖しました。

わたくしも当時「代々木ゼミナール」に出講していましたが,資本主義を理解していましたので,この数年前から「まもなく,つぶれまっせ。」と,バブル時代以前は年収1億円超の一流講師といつも講師室で談笑していました。
わたくしは“手切れ金”をいただいて早急に撤退しましたので,当時,「代ゼミショック」の影響はありませんでした。

岡山駅から歩いて10分,走って5分,ケンケンして7分30秒,ひさびさにかつての代々木ゼミナール岡山校にやってきました。

建物はそのままです。なつかしいですね。
代々木ゼミナールの校舎は,河合塾や駿台予備校とは異なりきわめて堅牢につくられており,たとえば,阪神淡路大震災のときも,隣接するビルが横倒しとなるなか,代々木ゼミナール神戸校は被害僅少でした。

見ての通り,
どうやら,Fランク大学に売却されたようです。

JR山陽本線でさらに西へ向かいます。
笠岡駅までやってきました。
「麺鉄」本日2か所目は,「笠岡ラーメン」!

駅近くにある,中華そば「いではら」。
いまだに「中国武漢人工ウイルス」を気にしていると思われる貼り紙があります。

中国武漢人工ウイルス禍以降,日本国内さまざまな場所を訪れましたが,とくに山陽地方は中高年層における情報弱者の割合が高い地域であることを実感します。

ところが,
!!

ウマ味が濃縮された鶏ガラだしの醤油スープに,硬めのストレート細麺がレトロな器に入っています。ネギにメンマ,そして適度な歯ごたえのある親鳥チャーシューが絶品!

本日の「麺鉄」は,2か所ともにハイレベルでした!

福山駅からは広島駅までは,山陽新幹線に乗ってまたまたワープ!

広島駅とその周辺は再開発が進行し,激変しています。
広島近郊のJR線は,113系,115系が新型車両の227系電車に置き換えられています。一方,芸備線は相変わらず気動車のキハ47形ですね。

昨年8月より,広島電鉄の路面電車がJR広島駅2階コンコースに乗り入れ,乗り換えの利便性が向上しました。

駅の南を流れる猿猴川の南側から緩傾斜の新路線がつくられ,

JR広島駅の2階に突っ込んでゆきます。

こちらは駅南口,かつての広島駅停留場と猿猴橋町停留場間です。
広島電鉄は駅前大橋ルートの新設にともない,広島駅停留場と的場町停留場間が廃止されたため,線路の撤去工事が進められています。

建設中の新しい的場町停留場です。
循環ルートをつくるため,路線の再整備が行われています。
今春開業予定です。

さて,「鉄道廃線跡巡り」ではなく,
「代々木ゼミナール廃校跡巡り」,本日2か所目。

広島駅から歩いて7分,走って3分,ケンケンして5分30秒,ひさびさにかつての代々木ゼミナール広島校にやってきました。

建物はそのままです。なつかしいですね。

見ての通り,
どうやら,通信インフラ企業に売却されたようです。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

かつて広島駅の周辺は,ゴチャゴチャの雑然とした街で個性的な特徴がありました。
現在は一新されて個性のない百万都市の駅前のスタイリッシュな街となっています。

地元で親しまれた「友元神社」も,タワーマンション直下の駅からつづくペデストリアンデッキの2階へ移転しています。

本日は広島駅前で宿泊します。

今朝,腰に違和感が。
昨冬につづいて2回目の経験ですが,
これ,“ぎっくり腰”に近い症状かもしれません。

例年,だいたい共通テストが終った後に気が抜けて,寝違えて首が痛くなったり,風邪をひいたりします。

いつもはヒトを蹴散らすがごとく高速で街を歩いていますが,今日は3分の1程度の速度でしか歩けません。自分が動けなくなってはじめて,お年寄りや身体の不自由なヒトの気持ちがわかりますね。
昨冬も同じことを思いましたが,治るとすぐに忘れて,またヒトを蹴散らすがごとく高速で街を歩いていました。凡人というのはそんなものです。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

昨年の「“ちきゅうげきじょう”アーカイブ」シリーズがそこそこ好評でしたので,今年は,新シリーズ!「業界の“良識人”からみた予備校論」をスタートします。

あらためて振返ってみるまでもないですが,
わたくしも,まあ長い間,この業界におります。

予備校というのは,世間一般には学習塾と同じようにみられていますが,まったく別の業界です。予備校講師,職員,また実際に予備校に通った受講生のみが知るニッチな業界ですので,学習塾と同じとみられているのは当然といえば当然の帰結ですが。

さて,長い間,予備校業界にいる人間として,
また,わたくしは,稀有にもこの業界ではきわめて常識ある“良識人”ということもあり,失われつつある昭和文化のひとつである本来の「予備校」を,“主観的”に記録しておきたいと思います。


第1回は,「予備校講師①」です。

今回は,予備校講師の人物像に迫ります。
「教育」という同じ分野に関わっているものの,予備校講師というのは,高校の公務員教諭や塾講師とは対極にある人格をもつヒトが多く,ストレートに言ってしまえば「奇人変人」ばかりです。

数学,理科の理系講師は,
ヒトとコミュニケーションが取れない,場の空気が読めないなどというヒトが多いのですが,これは理系講師の十分条件で,いちいち社会なんかに適合していたら,数学や理科を究められません。

一方で,質(たち)が悪いのが,英語,国語,地歴公民科の文系講師。
程度の違いはあっても,「みんなと同じことはしたくない」,「目立ちたい」,「ちやほやしてほしい」,「楽してお金を儲けたい」などいうタイプのヒトが多く集まっています。勘のよい受講生は,すでに気づいていることと思います。

今は,コンプライアンス重視のホワイト社会になってしまいましたので,
さすがに,金色のスーツに18金の腕時計とネックレスをして,教室で日本刀を振り回す講師なんていうのはいなくなりましたが,個性ある人格を表面的に出せなくなっただけで,根本としては「奇人変人」であることには変わりありません。

ただ,今の予備校講師と昭和時代の予備校講師には大きな違いがあります。

昭和時代の予備校講師は,
売れれば,棚から牡丹餅,濡れ手で粟,一攫千金で年収1億円超え,
売れなければ,末路哀れでみじめに野垂れ死に覚悟のうえで
この業界に飛び込んだヒトが少なくなく,
そのため,受験生に与えるインパクトは強烈で,そのエネルギーは受験生のモチベーションアップに効果的であったことはまぎれもない事実です。

わたくしは講義内で,
「予備校講師の言うことは,本気で信じたらアカン,半分くらいに聴いといて下さい。」,「そんなまじめに講義を聴いてたら,大学なんて受かりませんよ。」などと,いつも言っておりましたが,こういうわけなのです。

こんな奇人変人を100%に信用してたら,良識ある大学に合格できずに,エラい目に遭いますので,予備校講師というはじょ~ずに利用して下さい。