第3回は,「予備校講師③」です。
今回は,予備校講師の「ナナメの人間関係の役割」に迫ります。
21世紀に入り,コンプライアンスや倫理観が重視される「ホワイト社会化」が進展しました。ハラスメントが可視化されるなどよい面もある一方,表面的な清廉潔白が求められ寛容さのない社会になったともいえます。
ところで,友人とはヨコ(横)の人間関係でつながっています。オトナ(大人)はどうでしょうか。
現在,予備校・塾に通学する10代後半世代のみなさんにとって,日常生活なかで関わりのあるオトナといえば,親や学校・塾の先生です。こういったオトナとは,上下関係,いわゆるタテ(縦)の人間関係となりますが,
昭和以前の時代には,ナナメ(斜め)の人間関係のオトナというのが,身近に存在することも珍しくありませんでした。たとえば,隣近所にちょっとあほみたいなオッサンやオジンが住んでいたりとか,親戚とはいいながらどこの誰やらわからんオッサンがなぜか同居していたりとか。
もちろん,ナナメの人間関係のオトナは,うす~い,かる~いつながりであるため,だいたいテキトーでえ~かげんなことしか言いませんが,まれに,気持ちがラク~になるひとこと,生き方の価値観が180度変わるようなしょ~もないひとことを言いよるんです。
さて,ただでさえタテ関係で面倒な存在の「親や学校・塾の先生」ですが,「ホワイト社会化」が進展すると,立場上,より偽善的常識人を振る舞うことを強要され,期せずして10代後半世代の生きづらい環境に拍車をかけます。「中学受験」などがこの典型例です。
タテの人間関係のオトナは,みなさんをコドモとしてあつかいますので,いつも偽善的常識を押しつけてきます。ところが,ナナメの人間関係のオトナは,みなさんをオトナとしてあつかいますので,偽善的常識を押しつけることはありません。
令和の時代となり,コンプライアンスや倫理観のカケラもない近所のあほみたいなオッサンやオジンも,また,どこの誰やらわからん親戚のオッサンも,冥途の果てに消え失せました。
ナナメの人間関係のオトナがもっていた役割を担えるのは,現在の社会においては,「予備校講師」と,予備校の出入り口にいる「警備員さん」くらいです。もちろん,予備校講師の言うことは,話半分に,テキトー,え~かげんに聞いておくことが何よりも大切ですが,まれに,気持ちがラク~になるひとこと,生き方の価値観が180度変わるようなしょ~もないひとことを言いよるんです。
ただ,そんな予備校講師も「ホワイト社会」化の透き通ったポピュリズムの波に洗われ,ほとんどが塾講師と化しており,絶滅危惧種となっています。二ホンウナギとともに,わたくしの「ワシントン条約」附属書Ⅰへの記載を,ご推薦いただければ幸甚です。