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だったそうです。

2月だけなぜか日数が少なく28日しかありません。28日って,ちゅ~とはんぱやなぁ~!! 30日の月を7か月,31日の月を5か月でええやん,と思いますが,
古代ローマでは,1年のスタートは春の3月で,2月が最終月となるため,1年間の日数を調整するための月だったそうです。

現代の世界では,もう,30日の月を7か月,31日の月を5か月でええやん,と思います。
古代ローマのしくみを引きずる必要性って?

大阪大学は,出題形式が大きく変わりました。論述問題の出題は指定字数が50字程度の設問が6問,最大でも150字程度の設問となり,これまで出題されてきた250字や200字などの長文論述の設問は姿を消しました。オーソドックスな形式に変わり,受験生にとっては苦手なテーマが出題された際の大きな失点を回避できる設問構成になったといえます。

各大学入試問題の詳細な問題分析につきましては,河合塾のホームページをご覧ください。

とまれかくまれ,おじんとおっさんばかりの部屋での長時間の話し合いは,このうえなくイヤなものです。

東京大学は,例年通りの難易度でしたが,論述問題の分量がやや増加しました。一部に難度の高い設問もみられましたが,定番のテーマを扱った設問が多く,きちんと過去問演習などに取り組んだ受験生にとっては得点がとりやすい設問構成でした。3年ぶりに地形図を使用した設問が出題されました。

京都大学も,論述問題の分量がやや増加しましたが,例年通りの難易度といえる範疇でした。すべての大問で統計・資料のよみ取りが必要な設問が出題され,統計知識の習得とこれらのよみ取り技能の養成は必須といえます。
また,設問の文章が稚拙であるため,記述すべき内容が絞りにくい設問も散見され,京都大学といえども,「文系」に関しては出題者の知的レベルと国語力の低さが,ところどころに露見しています。文系の大学に進学する意義や価値はかなり薄れてきているということを実感します。


いずれにしても,おじんとおっさんばかりの部屋での長時間の話し合いは,甚だイヤなものです。

第2回は,「予備校講師②」です。

今回は,予備校講師の「ミッション」に迫ります。


わたくしが,
なぜ,予備校講師になったのかというと,単なる偶然です。
なぜ,いま予備校講師をやっているのかというと,ほかにとくにやることがないからです。
とはいうものの,ダラダラとではありますが,長い間やっていると,予備校や塾の存在価値や役割といったことも,それなりには見えてくるものです。


高校で学習する内容は,高校の授業のみで完結する。
また,大学受験のために浪人した高卒生も,高校の授業を復習しその内容を完全に習得すれば,それなりの大学には合格できる。
これが“まともな状態”で,本来であれば予備校や塾は不要です。

ところが,現実的には,
高校で朝から夕方まで授業を受けて,さらに予備校や塾にやってきて夜に授業を受けるという,“とんでもない状態”があたりまえになっています。高校の授業のみで完結しないことで,高校生や浪人した高卒生は時間的・心理的に大きな負担を強いられており,少なからず存在する無気力な高校教諭による被害者といえます。

高校で学習する内容が高校の授業のみで完結しないのは,だるい,ねむい,おもしろくないなどの理由から,無駄な時間を過ごすだけの授業が少なからず存在するからです。残念ながらこれが現実であるため,予備校や塾が存在するわけですが,
にもかかわらず,その予備校で「授業」をやる予備校講師がいます。

すでに「授業」というコトバには,だるい,ねむい,おもしろくないという,ぬぐいがたい“超マイナス”なイメージがこびりついてしまっており,その意味において予備校講師は「授業」をやってはいけません。

高校生や浪人した高卒生の時間的・心理的な負担をなるべく軽減するためには,だるい,ねむい,おもしろくないといった高校の「授業」とは対極のものを提供することが,予備校講師の最低限の「ミッション」だと思います。

高校生,高卒生のみなさん,
予備校や塾で「授業」だと思って受講しているなら,
その「授業」,朝から夕方までの「授業」と同じく,またまた無駄な時間を過ごしているかもしれませんよ。